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あいち2022探訪メモ⑵:一宮会場

レビュー / 美術 / 赴き

愛知県を訪れた2日目、一宮市の「あいち2022」会場を訪れた。この日の朝食は名古屋駅地下のパーラーミカドにて、トースト&ソーセージセットのモーニング(税込500円)。半切のトースト1枚にソーセージとサラダと茹で卵とコーヒー。たっぷりというわけではないが、朝食が重たすぎるのは苦手なのでちょうどいい感じ(写真は撮らず)。しかし小倉の追加を忘れてちょい後悔。一宮にはJR東海道線を下り方面に向かう。途中右手にお城とその前に派手派手しい朱色の橋が見えるのでマップアプリで確認してみると、清洲城とのこと。やがて一宮駅に到着、確か快速で20分ほど。駅正面から伸びる通り(ぎんざ通り)を真っすぐ進み、ロータリー状に道が円形を描く場所からさらに東側に進むと、商店街に突き当たる。駅周辺ではあいち2022と同時開催で、現地の学生やアーティストによる作品展示を路上や店先などで見ることができた。

ぎんざ通りにあった作品(作家名・作品名を確認するのを忘れていました)

その商店街を数分歩くとオリナス一宮という展示会場に到着。ここは元名古屋銀行一宮支店だったらしい。こちらには愛知県にもゆかりのある(愛知の美大卒の)奈良美智の作品が並ぶ。入ってすぐ、小さな窓から一部分が覗く彫刻《Fountain of Life》(2001/2022)、その先のドローイング群がまとまった部屋を抜けると、《Fountain of Life》の全体を見ることができる場所に続く。小さな窓からそっと覗く時の、しゅっと、感覚が収まる感じが良かった。

奈良美智《Fountain of Life》。よく見ると、目からは涙のように水が流れている

オリナス一宮から出て、商店街とは逆の方向に進むと一宮市役所前に出る。その手前に清潔感のある公衆トイレがあり、その入り口にバリー・マッギーの作品《無題(つむぎロード)》(2022)。この作品の「THW-DFW」という文字列と、その両側を挟む模様状の「SFD」と「OBS」という文字列は何を意味するのだろうか? そしてこの作品から真っ直ぐ一宮市役所に進むと、眞田岳彦のあいちNAUプロジェクト《白維》(2022)。

バリー・マッギー《無題(つむぎロード)》
眞田岳彦のあいちNAUプロジェクト《白維》

市役所からまた商店街に戻り、右手に真っ直ぐ進むとすみ神社に突き当たる。この神社の東側(右側)の道を次の会場に向かって歩くのだが、その道沿いに小さな糸や織物の問屋が並んでおり、織物産地の門前町の名残りを楽しめた。そんな並びに小さなたこ焼き/お好み焼き屋を見つけ、昼食はそこでビールとお好み焼きを頂いた(普段は地元の学生などで賑わうのだろうか)。

真清田神社の楼門脇の集会場では、舟木一夫の芸能生活60周年記念の展示会が開催されていた。舟木一夫は一宮出身らしく、地域のファンが集めたグッズや公演ポスター、雑誌表紙のコピーなどが展示されていた

しばらく歩くと一宮の中で最も大きな展示会場である、旧一宮市立中央看護専門学校に到着。この会場で印象的だったのは、小杉大介の《赤い森と青い雲》(2022)。会場の旧看護実習室に残る医療用ベッドの近くに配置されたモニタスピーカーからは家族同士、患者と看護婦、高齢者、子ども同士の会話や、ニュース音声などが流れる。直接的にその部屋と関係するような内容の音声ではなかったと思うが、冷ややかな看護実習室の中、誰もいないベッドの周りを歩きながら複数のスピーカーからの音が混ざり合うのを聞きながら歩くと、実際自分が病院に入院していた時や家族や友人などを病院に見舞った時の記憶、音声で語られる言葉、この旧看護実習室がかつて利用されていた時の様子の想像と、いま自分がいる旧看護実習室の空虚さ、そこを歩く自分の行為がない混ぜになって何とも不思議な心持ちになった。

小杉大介《赤い森と青い雲》

他に印象的だったのが、近藤亜樹の絵画作品《ともだちになるためにぼくらはここにいるんだよ》(2022)(同時にアニメーション作品も上映されていたのだが、上映時間に間に合わず未見)。ドイツの作家ローター・バウムガルテンの映像作品やインスタレーション。ケニア出身のジャッキー・カルティの映像やオブジェを組み合わせたインスタレーション《エレクトロニック・シアター》(2022)。愛知県在住の作家である升山和明の「清水屋」という犬山市にかつてあったデパートや車をモチーフにしたコラージュ作品。塩田千春の医学標本室に赤い糸やガラス、針金などをちりばめた「Cell(細胞)」シリーズの《標本室》(2022)。

升山和明のコラージュ作品。展示されていた部屋は乳幼児の体を洗うための研修に使われた部屋らしい

南アフリカのニャカロ・マレケの《一日中頭の中にある場所》(2022)は、平行に並ぶかつて応接室、会議室、校長室だった3室を繋ぐように張られたワイヤーに、主に紙や布などで作られたドローイングやオブジェクトが吊り下げられている。無機質な空間の中、窓から注ぐ光によって姿を変え、窓の外の風景との対比や、鑑賞者が近づくときの空気の動きで微妙に作品の見え方が変わるのが面白かった。

ニャカロ・マレケ《一日中頭の中にある場所》

旧一宮市立中央看護専門学校のすぐ裏手に回るとすぐに旧一宮市スケート場を利用した展示会場。真っ青なライティングの中に響く大音量の低音、スケート場としての役割を終え氷を作るための冷却管が剥き出しになったリンクが広がり、そこには巨大なモニタが掲げられている。ドイツの作家アンネ・イムホフの作品《道化師》(2022)。モニタには過去のパフォーマンスの映像が流されている。全部は見られなかったが、ストリート的な感覚も匂うパフォーマンスに新しさを感じる。

アンネ・イムホフ《道化師》

旧一宮市スケート場を出ると、先ほどの真清田神社の裏手にある大宮公園の小さなコンクリ製の小屋に再びバリー・マッギーの作品。市役所前の作品はラッピングシールだったが、こちらは恐らく直接小屋の壁に描かれている。本人が描いたのか。

一宮駅東側の作品はこれで一通り見終えたので、今度は駅の反対側の展示会場へと向かう。20分ほど歩いて豊島記念資料館へ。こちらは元は地元の図書館で、現在は織機・撚糸機などが収蔵・展示されている。こちらでは遠藤薫の作品《羊と眠る》(2021-2022)。会場1階には展示されている機械と共に、糸の原料ともなる羊にまつわる映像やオブジェ、戦時中に織物工場で働いた女工へのインタビュー映像などを展示したインスタレーションが広がる。それらを見て、羊や糸・織物と人との関わりに頭を巡らしながら2階に上がると、羊毛の落下傘とそれを囲むように広げられた小型の羊皮紙で作られた落下傘が目に飛び込む。落下傘の形は、作者曰く軍需品でありつつ人命を救うという両義的な意味から採られたそう。この部屋には放置された木製の機械、壁には図書館時代の本棚も残っており、それらとの対比もあって、今回の展示の中でも心に残る作品の一つだった。

遠藤薫《羊と眠る》

次に向かったのは「のこぎり二」。こちらにはバスに乗り、10分程度で到着。のこぎり形の屋根が印象的なかつて工場だった場所に、現在はカフェやギャラリーが入っている。ここでは古い織機と建物を蜘蛛の巣のように赤い糸で結びつけた塩田千春の《糸をたどって》(2022)を見ることができた。複雑に絡んだ赤い糸の中には、かつて使われていた糸の巻芯が散りばめられている。塩田千春の作品は今まで何度か見たものの、その大きさがあまり好きになれずそれほど興味がなかったが、場所との組み合わせもあってか、この作品には心惹かれた。

塩田千春《糸をたどって》

のこぎり二に続いて、歩いて10分ほどの国島株式会社の倉庫でツァオフェイの映像作品《新星》(2019)。ほぼ映画かなあという作りの作品だったが、ドラマ的要素が多すぎ、それならばもっとしっかりとした映画にすればいいのにと思ってしまった。作品内容と倉庫とのマッチングは良かったけど。

再び路線バスに乗り、バス停から20分ほど歩いて到着したのが尾西生涯学習センター墨会館。この建物は丹下健三の設計で、近くにやってくるとまるで19世紀の軍艦の舳先のように切り立ちつつも地面に曲線で繋がる壁面が目に入る。ちなみに今夏は初めて広島に訪れ、平和記念資料館にも行ったので、個人的になんだか丹下健三づいている。新宿のあのビルは尊大な感じが嫌いだけど、この会館はいいなと思った。

館内奥の体育館のようなスペースには、ブラジルのレオノール・アントゥネスによる《主婦とその領分》(2021/2022)。一見ゴムで作られたようなオブジェが陶器だったり、漆器だったり、木のようなものが金属だったり、ロープのようなものが革で作られていたり…何気ない形のオブジェながらも、よく見た時の驚きが面白かった。タイトルの意味するところは何なのだろうか…「主婦の領分」にありそうな家庭用品を抽象化したようにも見えなくはないが。

レオノール・アントゥネス《主婦とその領分》

体育館を出た並びのコンクリート壁が目立つスペースには、迎英里子の作品《approach 13.0》(2022)。オレンジと白のオブジェが色鮮やかだが、作品自体はオブジェそのものよりそれを使ったパフォーマンスが主眼にあるらしく、以前展示場所の向かいにある中庭で行われたパフォーマンスの様子が大型のモニタに映し出されていた。この作品は織物が制作される工程を抽象化したものということだったが、パフォーマンスの様子も、その結果生まれたオブジェもとても面白いと感じた。できれば生のパフォーマンスを見られる日に訪れたかった。迎さんの作品、今後も気にしていこう。

迎英里子《approach 13.0》

この尾西生涯学習センター墨会館、一宮駅からはかなり離れた場所で、かつバス停からもかなり歩く場所だったのだが、丹下健三の建築とこの2つの作品がマッチしており、遠いながらも足を伸ばして良かった。

「あいち2022」、前身の「あいちトリエンナーレ」を含めると訪れるのは3回目だが、やはり名古屋市内だけでなくその他の地域にも会場がある点のみならず、毎回名古屋市以外の会場地域が変わるのが他の芸術祭にない個性だと思う。今回一宮市の会場を訪れて改めてそう思った。市街地以外で開催される芸術祭はいろいろあるが、「あいち2022」のように各回で場所を変えるというのはあまり多くはないのではないだろうか。展示会場を廻りながら、織物業を中心として発展したという一宮市の魅力を感じることができたので、また今度はゆっくりと街中を回ってみたい。昨今いわゆるアートツーリズムへの批判もあるようだけど、私はこんな感じで見知らぬ場所に行く機会ができるのは悪くないことだと思う。もちろん前回のあいちトリエンナーレの名古屋市のように、地元自治体との関係によって芸術祭自体の内容に影響が及ぶようなことは決してあってはならないが。

帰りは再びJR東海道線、ちょうど通勤時間に重なっていて混雑していたが無事名古屋に戻り着き、夕食は大名古屋ビルヂング内の味仙。一人だったので混む時間帯だったが案外待たずに入れた。定番の手羽先と台湾ラーメンを頂いた、美味い。

味仙の台湾ラーメン。小洒落た感じの大名古屋ビルヂングのレストラン街の中、お店のおじさんおばさんがいい感じに異彩を放っていて、やっぱ味仙最高です