9月の読書『現代美術史』(山本浩貴・中公新書)
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9月、あっという間に半袖短パンの日々から長袖に長尺のズボン、おまけに上着も必要な陽気になってしまった。こちらのブログも短いつもりが随分間を空けてしまった。その間いろいろと本を読み、その中でも格別面白かったのが『現代美術史』(山本浩貴・中公新書)。
現代美術史の総覧的な本というと、印象派もしくはダダ、マルセル・デュシャンから、戦後の動向はタブロー(絵画)や彫刻・オブジェを中心としていて、それ以外のコンセプチュアルな映像記録や活動による「形のない」美術の動向は大雑把な記述に終わるものが多い(「形のない」美術とは、私個人の言い方で、本書でそのようには書かれていません)。現代美術は媒体(メジウム/材料)や方法が多岐にわたるため、一冊の本で簡潔にまとめるのはなかなか難しいというのも、個人的に以前美術書編集に関わっていたこともありよく理解できる(文字や写真だけで説明するのが難しいというのもある)。
この本は『現代美術史』と銘打っているが(序論的にデュシャン、アーツ・アンド・クラフト、ダダ、民芸、マヴォなども採り上げられるものの)、欧米については戦後のランドアート、コンセプチュアル・アートから始まり、パブリックアート、ブラックマウンテンカレッジやフルクサスなどの美術運動を経て、近年のリレーショナル・アート、ソーシャリー・エンゲージド・アート、コミュニティ・アートといった、「形のない」美術を中心として扱う。抽象表現主義、ポップアート、新表現主義、YBA(Young British Artists)などのタブローやオブジェを中心とした流れはほぼ省かれており、従来の総覧的な解説書とは内容をかなり異にしている。「形のない」美術は、国内でもヨコハマトリエンナーレやあいちトリエンナーレその他の芸術祭などで、海外の作家の作品に直接触れる機会も多いものの、流れとして俯瞰的に把握するのはなかなか難しかったので、この思い切りの良さは逆に素晴らしいなと思った。
そしてこの流れを作品や作家中心に語るのではなく、その時々の美術の潮流に影響を与えた美術や思想・社会学などの研究や著作とともに紹介しているのがまた今までの一般向けの本にはない、大変面白い点。国内の作家作品についてまとめて書かれた美術批評書を手に取る人は多いだろうが、海外のそれにまで手を伸ばす機会はなかなか少なく、(訳書に限られるが)私自身も読んでみたいと思っていたところで、これもまた有難かった。
日本の美術については戦後から始まるものの、「形のない」美術に限定されず、こちらは戦後から東日本大震災の経験をベースとした作品まで、タブローや立体作品なども交えながら紹介されている。日本の戦後の美術活動は、タブローやオブジェを中心とした美術運動が多かったので、本としての欧米との対称性は損なわれるが止むをえないのだろう。ただし東京よりもその周縁地域の美術運動(九州派、具体、万博破壊共闘派など)について重心を置いた記述、その点やはり従来の解説書との違いを感じる。こちらも簡潔に流れがまとめられていて、個別の作家を知ってはいてもその流れを意識して見ていなかったため、改めて頭に入れ直す機会となった。
この本は「芸術と社会」というテーマを設け、それに沿って現代美術の歴史を追っていく、と、「はじめに」の著者の言葉にあり、上のように従来の現代美術の解説書と流れが異なるのは、社会との関係性が強く現れる美術作品を中心に置いているからだろう。上記の欧米と日本の流れの紹介の後、著者が学んだ英国でのブリティッシュ・ブラック・アートにおける人種やジェンダーの扱い、日本とその植民地であった韓国・台湾、そして国内の沖縄やアイヌを国内の作家がどう取り上げているかが書かれる。そして終章では、「芸術と社会」の関係のある意味究極とも言える戦争と美術との関係が、かつてファシズムに美術が与したイタリアの未来派、ドイツのレニ・リーフェンシュタール、日本の藤田嗣治などの戦争画を例として語られる。日本の戦争画については、現代の視点からそれを再考する作家として、会田誠や小沢剛、風間さちこなどの例が挙げられている。この流れ、本書が発行された頃に開催されたあいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」の騒ぎまで加わっていたらどんな本になっていただろうか。
上述の通り、思い切って中心的な流れを省き、周縁とも言える現代美術の流れを中心として紹介しており、それが海外の近年の著作や研究と併せて紹介されているのは、今までにない解説書として評価できると思う。タブローやオブジェの潮流を知るには他の本を参照する必要があるので、ビギナー向けとは言えないが、芸術祭に足を向けるような美術好きならば、何人かの作家は日本でも作品が紹介されているので読んで損はないだろう。また、本書で取り上げられた研究者の著作もいくつか国内で翻訳、書籍化されているので、ここから広げるブックガイドとしても重宝するのではと思う。
その点、本作りとして残念だったのは、本書には索引がないこと。作家名、評論家や研究者の名前、参考文献や研究のタイトルなどが多出するが、繰り返し参照するための検索性が低いのが大変もったいないと思う。できれば、あいちトリエンナーレや新型コロナ感染拡大後の流れが増補され、その際にぜひ索引も追加されたらと願う。
この記事、本当はブログに掲載するつもりが、ついつい長くなってしまったのでこちらに掲載した。
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