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『武田百合子対談集』を読んで

レビュー / / 編集

先日武田百合子さんの対談集(『武田百合子対談集』中央公論社)を読了。武田泰淳が亡くなられた直後としばらくしてからのトーンが全然異なる深沢七郎との2つの対談。金井久美子・美恵子姉妹との、友人同士のおしゃべりといった感が強い鼎談。吉行淳之介との若い頃のエピソードも交えた『好色五人女』についての対談。ラジオ番組で『富士日記』について岸田今日子に語ったインタビュー書き起こしなど。

それほど厚くもない本ですぐに読み終われる内容だけど、『富士日記』発表後、百合子さんが一書き手になっていく姿(あくまで、世の中で、ですが)と周りの状況が、当時を知らぬ自分としてはより具体的に感じられた。

しかしながらやはり書かれたものが読みたいなーと、以前購入し、時折つまみ読みをしていた『あの頃 単行本未収録エッセイ集』(武田花編、中央公論社)を目下改めて頭から読んでみたり、改めて泰淳さんの作品も読みたいと(きちんと読んだのは『富士』ぐらいか)著作を調べてみたりする。

そんな折、非常勤講師を務める大学のオンライン授業で目下学生たちが起こした学生同士のインタビュー原稿を添削していることもあり、『あの頃』の中で百合子さんが文章を書く際に気をつけていることをまとめたエッセイが気になる。箇条書きなので引用してみる。

○自分に似合わない言葉、分らない言葉は使わないようにしたいと思っている。例「時点」「接点」「原点」「次元」「問題点」「私にとって――とは」「あなたにとって――とは」「――的」「出会い」など。

○キライな言葉は使わないでいようと思っている。例「ビューティフルに生きなくては」「ビューティフルな関係」「ビューティフルな生きざま」「ヤングたち」「とんでる女」「とべるでしょうか」などなどの、女性週刊誌やテレビその他で流行はやらせる言葉。流行語がすべてイヤというわけではない。「たたりじゃあ」「よっしゃといきましょう」「頑張らなくっちゃ」などは、ちっともイヤではない。ひとりごとで言っていることだってある。

○美しい景色、美しい心、美しい老後など「美しい」という言葉を簡単に使わないようにしたいと思っている。景色が美しいと思ったら、どういう風かくわしく書く。心がどういう風かくわしく書く。くだくだとくわしく書いているうちに、美しいということではなくなってきてしまうことがあるが、それでも、なるたけ、くわしく書く。「美しい」という言葉がキライなのではない。やたらと口走るのは何だか恥ずかしいからだ。

「絵葉書のように」(『あの頃 単行本未収録エッセイ集』P42-43、武田花編、中央公論社)

上の多くは、ほとんどの良心がある書き手は気をつけている部分だと思う。

「美しい」は自分もキライな言葉なのでまず使うことはないけど(だから某政治家のキャッチフレーズとか全く心に響いたことがない)、「素晴らしい」とかは、SNS上に文を書くようになって、音楽や絵などの作品を紹介する際についつい使うようになってしまった。

流行り言葉については、用例はさすがに時代を感じさせるものの、別の言葉に置き換えれば現代でも納得がいくものであろう。「ちっともイヤではない」方の選ばれ方に感じる通俗性には、ついつい微笑んでしまう。

そして「くだくだとくわしく書いているうちに、美しいということではなくなってきてしまうことがあるが、それでも、なるたけ、くわしく書く。」はやはり、百合子さんならではなのかなと思う。

初めて読んだ百合子さんの作品は『犬が星見た ロシア旅行』(中公文庫)だったと思う。冒頭の男性の血の滲んだり剃り残しのある髭剃り跡の描写を思い出す。

「なるたけ、くわしく書く。」

見た、見えてしまったものごとが書かれることによって全く別のものになってしまうような瞬間(こんな表現は上の箇条書きに反してしまうのだけど)に出会い、けれど現実を抑圧してしまうようなガチガチの「表現」になることから抜け出てしまうような自由が百合子さんの作品の魅力なんだと思う。

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